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日光街道/日光東照宮の動画

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日光街道の終着点、日光東照宮へいってきました。
紅葉の一番いい季節が良いと先取りで行ってきたわけです。
東照宮内で思わぬ方を見かけました。 陽明門あたりで・・・・・!
ブラジルでは、健闘を祈っています。『ガンバレニッポン!』

日光街道/栗橋宿・静御前の墓

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源義経の寵愛を受けた静は、奥州平泉にいる義経を慕って京都を発ち平泉へ向かいましたが、途中で「義経討死」の報を耳にして悲しみにくれた。その後病気になり、1189年9月15日、この地で死去したと伝えられている。

日光街道/幸手宿・日光御成道合流点

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日光道中(街道)は宇都宮まで奥州街道を兼ね、千住から草加・春日部を通り幸手へと至り、ここで日光御成道と合流します。
川口・鳩ケ谷・岩槻を抜けて幸手に至る御成道は、徳川家光の時代に整備され、徳川家康を祀る東照宮に参詣する代々の将軍が通行しました。

日光街道/杉戸宿・北緯36度モニュメント

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【36度線モニュメント】 北緯36度がここを通っていることでのモニュメント。 
日光街道を春日部から杉戸町へ入てすぐに日光街道沿いにある。
北緯36度は、中国/チンタオ アメリカ/ナッシュビル・ラスベガス・グランドキャニオン イラン/テヘラン などとなど、一般的には暖かいイメージ場所が多い感じ~い??

日光街道/粕壁宿・最勝寺

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粕壁宿の最勝院がある附近は寺院が集まっていて寺町と呼ばれている。
この最勝院には、南北朝時代の武将、春日部重行を葬った墳丘がある。
また、1651年江戸時代の三代将軍徳川家光が亡くなり、日光東照宮に埋葬されるために江戸を発ち、一泊目がこの最勝院です。
 明治26年に粕壁から越谷、草加を経て足立区千住までも結んで開業した千住馬車鉄道は、この最勝寺を起点としているという。

日光街道/越谷宿・越ヶ谷御殿

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【越ヶ谷御殿跡碑】AM10:20
碑の後ろにあるのは、『葛西用水』です。 元荒川の下をくぐって出てきたところです。
『越ヶ谷御殿』は、徳川家康・秀忠などが鷹狩り時に宿泊した御殿があったところです。 しかし1657年江戸大火で江戸城が全焼したため、急遽越ヶ谷御殿を解体し江戸に運び、江戸城を再建したという。 今は『御殿町』という地名が残っている。

日光街道/草加宿・松原

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草加宿を出ると、東京外郭環状線まで綾瀬川沿いに、近年植えたものですが松林が延々と続きます。 草加の方々の歴史に対する意気込みを感じます。

日光街道/千住宿・奥の細道

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旧暦元禄2年(1689年)3月27日、深川を舟で立った芭蕉は、千住で上陸し、多くの門人らに見送られて、関東より奥州・北陸を経て大垣に至る長途の旅に出立した。行程600里余、日数凡そ150日という大旅行であった。 この紀行が、元禄7年4月「おくのほそ道」として完成し、以後我が国を代表する古典文学作品となって内外に親しまれいる。

日光街道/日本橋スタート

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【日本橋から北(日光東照宮方面)を望む】 AM08:32 日本橋がはじめて架けられたのは徳川家康が幕府を開いた1603年と伝えられている。 2010年9月中山道(現在、岐阜県伏見宿まで)・2011年10月甲州街道(現在は、山梨県韮崎宿まで)といずれの街道もまだ完歩していません が、今回で3回目の街道ウォーキングの出発です。
 中山道・甲州街道とも遠距離になってしまい、交通費などを考えると2泊程度以上で歩かなければ効率が悪い、ただ予定を連続3日以上空けるのも難しい。また折角歩くならば天候も気になる! ということで日光街道ならばほとんど日帰りでウォーキングが可能だ(言い訳)ということで、今回の街道ウォーキングをスタートいたします。

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